DS:ストーリー「水谷絵理」現時点での総括

本当なら今日はもう最後の一人、涼クンのストーリーを始めている予定だったんだけど、俺の中でまだ色々と絵理ストーリーが未消化なので、エントリを立てておく。たぶん、数日かけてチマチマと書き足していく事になるんじゃないかと思う。

一応俺が見たエンディングを上げておくと、
ランクA「望みと願い」の勝利エンドと敗退エンド、
ランクB「片翼の天使」の勝利エンドと敗退エンドの4種類。
ランクC「囚われた過去の真実」で尾崎さんを信じなかった場合(と言うか、個人的にはすごく信じたくなかったんだが)のルートについては三人終わってから回収するつもりで居るが、何やら酷い展開らしい。

その酷い展開を確認したらまた印象は変わると思うので、現時点での率直な気持ちを書き残しておきたいんだけど…。

まず第一に、これ、対象年齢はどーなってんの?、と。
絵理ストーリーは結局、「尾崎さんとの関係性」に終始しているんだけど、特に尾崎さんの未熟さ、人としての未完成さがキモになってると思うんだよね。で、それをどう評価するかは、年齢と言うか経験によって大きく違いが出て来るんじゃないかと思う。
一番シンプルに評価すれば、単に『身勝手で理不尽なオトナ』で終わってしまう。少し踏み込んで「何故この人はこんな事を言うんだろう?」と考えた時、ちゃんと辻褄の合う経緯は明かされるが、それを一通り受け入れても、『対社会的な意味で覚悟の不十分な、甘ったれた人だ』と俺は評価する。そして、そんなやつどこの職場にだって居る。立場相応の覚悟が無い大人、他人を巻き添えにしてなお傲慢不遜な大人は。巻き込まれる側にしてみれば理不尽極まりないだろうが、理不尽なのが実社会ってもんだ。

もし、尾崎さんが己の未熟さをよくよく理解していて、絵理と共に一人前のプロデューサーに成長して行く話だったら、どんなに綺麗だろうと思わなくも無いが、そうやって単純で綺麗な物語に仕立てなかったからこそ、俺はこの尾崎玲子さんに生々しさを感じ、本気で腹を立て、また、出来る事なら説教したいとまで思った。
きっと尾崎さんは故意に、こーゆーメンドクサイ人間として描かれているんだろう。プレイヤーが大きいお友達でも、その心に波風を立てるために、

各エンディングの感想

「自身の不足、弱さ、至らなさに自覚的な他者」ってのは、我々は多くの場合「許せる」んだ。完璧な人間なんて居ない、誰しも欠点はある、それを補って行けばいいよね、と。(直接的に足を引っ張られてると、許す余裕が無い場合もあるが、)
建前上は御互い様と言う事で、不完全な自分は他者の不完全さを責めない。

でも、尾崎さんの様に「仕事に影響する欠点」を「自覚できてない」場合は厄介だ。(仕事に影響しない欠点なら、特に親しく友達付き合いしない限り、適切に距離を置けば済む。)
他人事ならともかく、自分に関係する場合にそれを許容出来るかどうかは、受け手の許容力に因る。そして、これまでに幾度も尾崎さんへの苦言を書いた通り、俺はそれを許容できていない。
もしこーゆー人に仕事で絡む事になったら、胃が痛いだろうと思う。もちろん彼女の「経緯」は理解したが、それでも、彼女があのままでは困る。自身の問題を自覚して、変わる努力を見せてくれないと、一緒に仕事はし難いだろうと思うよ。
彼女が自覚したからと言って自動的に状況が改善するわけではないので、受け手の気の持ち様なんだけどね。

であるからして、オーディション全勝で迎える「尾崎Pグッドエンド」と言うか、絵理が尾崎さんとラブラブチュッチュな結末は、俺の中ではベストとは言い難い。尾崎さんが自身の問題に向き合えたのかどうかまでは読み取れないからだ。
もし向き合えて無いなら、絵理との間は情で以って仲良く「馴れ合う」事が出来ても、絵理以外の世間とは相変わらず要らぬ摩擦を続ける事になるだろう。イチイチ他人のせいにしながらね。そーゆー痛い大人が絵理に寄り添うのは、あまり宜しくない影響を受けると思うので、歓迎できない。

むしろ、最後のオーディションで負けて尾崎さんと縁りを戻せない「尾崎Pバッドエンド」(?)の方が、お互いの成長を期待できる「綺麗な終わり方」だと思う。便宜上区別のためにバッドエンドとしたが、見様によってはこっちの方がグッドエンドだ。
これは事前に話数を決め、キッチリ結末を付けるつもりで描く終わり方だよね。一方で「尾崎Pグッドエンド」の方はSPのストーリーのエンディングと同じで、今後もゆるゆると不定期連載したい、物語を閉じない終わり方と言える。

一番明るい結末だと感じたのが「サイネリアグッドエンド」。
クラシック・トーナメント二次予選で敗退して尾崎さんを失った絵理が、半年程の充電期間にアイドルの枠に囚われない様々な仕事をして見識を広げた後、自身の今後を見極めるためにオーディションに挑む。そして、既に歌う事に対する情熱が冷めている事に気付いて、マルチタレント兼サイネリアのプロデュースと言う新たな道を選ぶ。
この流れは「尾崎Pグッドエンド」よりも絵理が何歩も前進していて好きだ。
尾崎さんが完全に思い出の中の人になってしまう寂しさや、絵理は尾崎さんの夢を受け継いだつもりだけど、尾崎さんと分かり合えたわけじゃないと言う寂しさもあるが、それらはハッピーエンドのスパイスになっていると思う。

この二次予選敗退ルートで最後のオーディションに勝利すると、アイドル続行で「サイネリアグッドエンド」ではなく「尾崎Pバッドエンド」になる。
これも決勝敗退の「尾崎Pバッドエンド」と同じく、キッチリ結末の付く「綺麗な終わり方」だ。尾崎さんに言いたい事はたくさんあるが、袂を分かった以上、言っても仕方が無い。そーゆー「諦めの寂しさ」が胸を吹き抜ける読後感。これも情緒があって良い。

尾崎さんへの手紙

もし、この時(二次予選敗退ルートで勝利エンド)の彼女に対してモノを言えるなら、言いたい事はたくさんある。
拘るべきでないところに拘った挙句、諦めるべきでないところであっさり諦めてしまう。
分かり合おうと努力せず、ただ分かり合えていると過信してしまう。
“riola”時代も、プロデューサーになってからも、同じ過ちを繰り返してないか?
貴方はいつも誰かに委ねるばかりで、自らが幸せになるための「繋がる努力」が足りてない。
自分が「信じる」だけじゃ足りないんだよ。そんなの努力じゃない。

事務所を移って再デビューする道だってあったし、絵理の時の失敗を次のプロデュースの教訓とする道もあった。
絵理が局長を諌めて言った通り、人は過ちを繰り返して成長するものだ。
たった一回の失敗で諦め、折れてしまったら、そこに成長は無い。
残りの人生、「挫折しない理想の仕事」を求めて転職し続けるつもりか?
絵理は貴方を恨んじゃいない。貴方が今ここで諦めない事が、絵理へのせめてもの誠意じゃないのか。
もっと周囲の人々の生き様を見ろよ。そこから学べよ。
他人を見下して、何でも自己完結して、一人で不幸に浸ってるんじゃない。

翻って、「五十嵐雄太」問題

結局のところエピソード「囚われた過去の真実」に尽きるわけだが、単純に感情の対立にしちゃってるから収拾が着かない。まず、ゲーム中の断片的な情報を総合すれば、「五十嵐雄太」は立場を傘にきてタレント志望の子らをつまんでいたと言う事なのだと思う。

現実世界を見ても、枕営業の噂のあったアーツビジョンが逮捕者を出す(→不起訴)騒動があったし、韓国芸能界の自殺騒動も記憶に新しい。
こーゆーのは「加害者」側は得てして「一対一の問題」と捉えがちだが、立場を傘にきた脅しや、対価の示唆により身体を要求する行為は、ある種の「人身売買」だ。それを看過すれば、同じ様な立場の人間が同じ様に利便を図る事を要求をしたり、「他の子、他のプロダクションはしてるから」と暗黙にそれが求められる環境になる事が危惧され、犯罪行為の再生産を促すと言う意味で、極めて「社会的な問題」と言える。
つまり、「被害者」に金払って揉み消したからいいだろ、と言う話ではない。
一方で、これらの問題が立件される事は極めて稀なようだ。性犯罪でもあるため「被害者」が訴え難く、それこそ自殺者でも出ない限り警察も動けない。そのため、「加害者」が公に罰せられる事はまず無い。

公に、明示的に罰せられないと言う事は、公的・明示的な「禊(みそぎ)」がないと言う事でもある。
「一対一の問題」であれば、被害者に謝罪し、償い、許しを得れば「禊が済む」だろうが、「社会的な問題」としては、被害者が許しただけでは足りない。そのために、例え立件されなかった問題であっても、社会の許しを得るため、役職を辞任したり、活動を自粛したり、と言う事が行われる。

つまるところ、表舞台に名を出す事が許されるような禊は、済んでなかったと言う事ではないのか。
「五十嵐雄太」が業界外に届くぐらいダーティーなイメージが付いてしまったにもかかわらず、プロダクションの代表と言う立場を諦めなかった辺り、自尊心・功名心が高過ぎて状況を客観的に読めなかったんじゃないかと思えてならない。芸能関係の裏方がみんな会社の名前でなく自分の名前を前面に出して働いてるわけじゃないだろう。

ここまでは仮定の積み上げ、即ち妄想に過ぎないが、この流れだと“riola”に対する世間の評価も無理の無い事だと思う。
尾崎玲子と「五十嵐雄太」の間に一線を越える関係があったか否かは明らかでないものの、尾崎玲子が「五十嵐雄太」に傾倒していた事は、ゲーム中の尾崎玲子の発言から十分に読み取れる。
「卑劣なつまみ食い」の禊も済ませていない男を、『自分にしか分からないだろうけど』的なニュアンスで庇い立てすれば、単に「処女がつまみ食いされて情に絆された」様に見える。「五十嵐雄太」の改心前につまみ食いされた子はそれで納得出来るだろうか? これではプロダクションの悪評が沈静化するはずも無い。

尾崎玲子が実際にはつまみ食いされていなかったとしても、情に絆されて「五十嵐雄太」の世間的な評価を無視した事が“riola”の致命点だろう。他に誰のせいでもなく、ただ「五十嵐雄太」と尾崎玲子自身の問題だ。
(いや、近藤聡美も居たか。絵理に引き合わされたあの人は本人だったのだろうか?)

尾崎玲子の立場からすれば、無理からぬ事かも知れない。
尾崎玲子にとって「アイドルとしての成功」は「五十嵐雄太」の夢。尾崎玲子は自分が惚れた「五十嵐雄太」のためにそれを叶えようとしたのであって、プロデューサーになってからも、思いのルーツは揺らいでいない。だから、自身が「五十嵐雄太」に無条件に心酔していたように、絵理も(理解される努力もせずに)自分を信じてくれるものと思いこんだ。
そんな絵理が、尾崎玲子を信じるためにどれだけ葛藤した事か…。コミュで描かれたのはその極一部のはずだ。

「夢」だの「思い」だの、言葉にしてしまうと皆が同じものを見ている様に錯覚しがちだが、全てはそれぞれ個々人の内にあるものに過ぎない。
想像に過ぎないが、「五十嵐雄太」の夢は「自分の名の下でアイドルを成功させる事」だったのだろう。
尾崎玲子の夢は惚れた「五十嵐雄太」の願いを叶える事だが、この時点で既に同じ夢ではない。
そして絵理の夢もまた、自分が信じると決めた尾崎玲子の願いを叶える事だった。
サイネリアもきっと、大好きな絵理の願いを叶えるために芸能活動をする。

そう考えると、受け継がれているのは「夢」と言うより「人を想う業」だ。
絵理の前では口が裂けてもそんな事言えないけど、

TrueEndなんて迷信です

人生に正解が無いように、絵理のストーリーにTrueEndなど無い。
「尾崎Pグッドエンド」は何の決着も付いていない棚上げエンドであり、百合萌え脳で脳死状態になっていない限り、そこで満足してはいけない。

最後に誤解の無い様に書いておくが

俺は絵理のストーリーは大いに満足した。
つまらないシナリオ、ただ気に入らないだけのキャラクター描写であれば、一晩寝れば忘れてる。
終わって数日経ってもモヤモヤさせられているなんて、優れたシナリオとしか言いようが無い。
てっきり低年齢向けだと思ってたから、この重いシリアス展開は裏をかかれたぜ。

尾崎さんの「ダメさ」はかなりリアルで人間味があると思う。
我々は往々にして、そーゆー「ダメさ」と上手くやっていく事を求められる。
「ゲームの中でまで反りの合わない人間に煩わされてたまるか!」と言う受け止め方もあるし、「反りが合わない人間を上手くあしらうのも面白みだよね。所詮はゲームの中の関係だし、一歩引いた視点で見物しようや」と言う受け止め方もあろうかと思うが、俺は、一歩も引かずガチで尾崎さんとぶつかりたい思いにウズウズしながら楽しませてもらった。

ただ、一人目がこのシナリオだったら胃モタレしただろうなぁ。(^^;

尾崎さん関連で感想やSSを書いてる人が居たら是非教えてほしい。
皆が尾崎さんをどう読んでいるのか、凄く気になる。

このエントリーを Google ブックマーク に追加
[`evernote` not found]
LINEで送る
LinkedIn にシェア

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。

機械投稿阻止のための画像認証 * Time limit is exhausted. Please reload the CAPTCHA.