TVアニメ「Wake Up,Girls!」 第3話

第一話・第二話に比べればだいぶ良くなりました。
どんどん状況が悪化していくよりは、回を重ねる毎に良くなって行く方が、この先に期待が持てて良いよね。

ですが、第二話から登場した社長、まるで別人か何かのような違和感が…。
うーん、このキャラクターが「憎めない存在」として印象回復すればするほど、リアリティレベルが下がってしまうと言うジレンマに、シリーズ構成および脚本担当者は気付いているのか否か…。

劇場版をパラレルという事にして切り離し、更に、セルリリースの際は第一話を「当たり障りのない紹介回」へと作り直し、第二話を欠番とした上で、この第三話からスタートし直せばいいんじゃないかと思いました。

第3話「一番優しく」

相変わらず、作画は不安定です。
子供の頭が大きいのは一般的な表現なので「最近のアニメではよくある事」と、目を瞑れますが、社長の頭が時々すごく大きくなるのには閉口しました。
激しく動いている中なら気にならないかも知れませんが、キャラクターがほとんど動いていない遠景カットでのデッサン崩れは流石に違和感が強い。
特に、最近の作品は背景等で3Dモデルを上手く使って作画枚数を抑制しているようですし、線を省く事により作画負荷を下げられそうな遠景カットでの崩れは残念です。
これは「原画」工程で間に合ってないと言う事なんでしょうかね。

なぜ、第一話・第二話を「なかった事にすべき」なのか

最初に書いた通り、社長が急に「イイ人」ぶったのが強烈な違和感です。
みんな被災者なので「身内を大切にしよう」と言う共通認識がある、と言うのは説明がなくても分からんでも無いのですが、じゃあ、身内でなければ騙していいの?と。
「他人は(社会的に刑事罰を問われるレベルで)騙す等の扱いをしても良い」と考えるような人が、他人の身内の問題に関して思いやりを持てる――と言う心理描写がかなりアンバランスに思えます。

故に、やはり「社長の業務上横領」は無かった事にした方がいい。
劇場版とテレビアニメ版は設定が共通なだけで直接は繋がっていないパラレルと言う扱いにして、劇場版との繋ぎのためだけに無理のあるプロットで書かれた第一話と第二話を無かった事にして、この第三話からリスタートすべきと考えます。
そうすれば、社長は「ちょっとガサツだけど根はイイ人」設定で破綻しませんし、「刑事訴訟のため拘留 or 逃亡生活中のはず」と言うリアリティレベルの問題も無くなります。
狙って故意に行うのであれば、「ひとつの作品の中で特定のキャラクターだけがリアリティレベルの低いファンタジー世界の住人」と言う表現スタイルも有りでしょうけど、社長だけ両津勘吉(こち亀)相当のリアリティレベルで描いていく覚悟があるようにも見えませんし…

そもそも、後に続くテレビアニメ版の事を十分に考えずに劇場版のプロットを作ってしまった事が根本的な原因だと思うんですよね。
どう考えても手遅れではありますが、監督のメンツはともかく、他のステークホルダーの利益を考えれば、まだ「このプロジェクトは失敗だった」と諦めて良い段階ではありません。
このプロジェクトをぽしゃらせないために、ここから立て直すために、勇気ある決断が必要なのではないでしょうか。

映像演出が下手と言うか無計画

動きのあるシーンのハンディカメラ演出ならともかく、被写体が歩く事もなく完全に立ち止まっている状況のレポートのシーンでカメラがぶれるってのは、これまたリアリティレベルが下がりますね。
「三脚据え置きじゃないから…」みたいな言い訳があるのかもしれませんが、ホームビデオじゃないんだから、と言う感じです。
ケーブルテレビ黎明期のコミュニティチャンネル、自主制作番組の体裁なら、むしろ妥当な映像演出になったと思いますが、仙台ローカル局を素人扱いするのも大概にしろと言うか、認識が2,30年ぐらい古いんじゃないだろうか。

これ、逆にぶれて然るべき所でぶれないんだろうなぁ。
1話の「マネージャーがスマートフォンで撮ったと言う体裁のステージシーン」の出来の悪さを指摘されて、「ブレればいいんだろ!」と不貞腐れながら(ろくに考えもせずに)演出を付け加えた感じがしますよ。

つまり、作り手がブレブレ。

このエントリーを Google ブックマーク に追加
[`evernote` not found]
LINEで送る
LinkedIn にシェア

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。

機械投稿阻止のための画像認証 * Time limit is exhausted. Please reload the CAPTCHA.